「鬱屈」という言葉の正体。

前回の記事、「体のコリに蓄積される感情」に関連した記事です。

今回は、俗に言われる「鬱屈」という言葉について。ストレスが溜まって「鬱屈」している、なんていいますね。その「鬱屈」って、実際にはどんな現象なの?というお話です。

この「鬱屈」という言葉、実はこのブログでも触れている「筋膜」と深い関係があります。

筋膜は、全身をくまなく覆うひとつながりの組織。

筋膜は、全身をくまなく覆う、伸縮性・弾力に富んだ膜です。筋肉、筋繊維、内臓、ありとあらゆる器官がこの「筋膜」に覆われています。
※筋膜についての詳しい解説はこちら

そして、この筋膜は、全身でひとつながり。セーターのように伸縮自在で弾力性のある膜が全身を覆っている、と考えていただくとわかりやすいかもしれません。

「コリ」ができると、筋膜全体のサイズが縮む!。

この筋膜は、全身でひとつながりの膜であるため、コリ=筋膜の癒着が起こることで筋膜が縮むと、そのほかの箇所も自然と引っ張られる仕組みになっています。洗濯バサミで、セーターの1箇所をつまんで留めたら、全体のサイズがほんのちょっと縮みますよね。それと同じような現象です。

もちろん、セーターも、1箇所に洗濯バサミを付けただけではさほどサイズに変わりがないのと同様、筋膜も、ちょっとコリができたくらいでは、さほど大きな影響があるわけではありません。

ですが、この筋膜にコリが次々とできてしまうと、ちょっと深刻です。

筋膜にコリが次々とできてしまうことは、セーターに沢山の洗濯バサミを付けていくようなもの。洗濯バサミでつまむ部分がひとつ増えると、その分だけ着心地は窮屈になりますよね。これと同様に、体の中の筋膜が、全身を圧迫する窮屈な状態に近づいていきます。

さらに深刻になっていくとどうなるか?というと、姿勢が歪みはじめます。首をまっすぐ立てると窮屈だとか、背筋を伸ばすと胴体に窮屈さを感じて仕方がない、という状態を感じるようになったら要注意です。

「鬱屈」という言葉の正体。

ここまでお読みいただいた方(ありがとうございます!)の中で、既に気付かれた方もいらっしゃるかと思うのですが、俗に言われる「鬱屈」という言葉は、ストレスによる緊張で筋膜が縮むことで体が歪んでくる、ということを指しています。

こうした「鬱屈」が背景にある心の問題では、心に働きかける手法よりも、体に働きかけて、筋膜を開放していく手法のほうが、より根本的なところに働きかけるため効果が出やすいです。

ちなみに、ストレスで体が歪んでくるのは「鬱屈」ですが、たとえばガンコさなど、自分の心のクセ・偏りから来る緊張が嵩じて体が縮み歪んでくることを「偏屈」と言います。

「鬱屈」と「偏屈」。上手い言葉を考えた人がいたものです。

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